2012年4月25日水曜日

神経障害性疼痛: 疼痛: メルクマニュアル18版 日本語版


神経障害性疼痛は,痛覚受容器の刺激ではなく,末梢神経系あるいは中枢神経系における損傷または機能障害に起因する。診断は,組織損傷と不釣合いな疼痛,異常感覚(例,灼熱痛,刺痛),神経学的診察で検出された神経損傷の徴候から示唆される。神経障害性疼痛はオピオイドに反応するものの,治療にはしばしば補助薬(例,抗うつ薬,抗痙攣薬,バクロフェン,外用薬)を併用する。

疼痛は,末梢あるいは中枢のどのレベルの神経系に対する損傷後にも発生する可能性があり,交感神経系を巻き込むことがある(交感神経依存性疼痛)。特異的症候群には,帯状疱疹後神経痛(ヘルペスウイルス: 症状と徴候を参照 ),神経根引き抜き損傷,有痛性外傷性単神経障害,有痛性ポリニューロパチー(特に糖尿病による),中枢性疼痛症候群(いかなるレベルの神経系の事実上いかなる病変によっても引き起こされる可能性あり),手術後疼痛症候群(例,乳房切除後症候群,開胸術後症候群,幻肢痛),および複合性局所疼痛症候群(反射性交感神経性ジストロフィおよびカウザルギー―疼痛: 複合性局所疼痛症候群を参照 )がある。

病因と病態生理

末梢神経の損傷あるいは機能障害は,神経障害性疼痛を引き起こしうる。典型的な原因には,神経圧迫(例,神経腫,腫瘍,椎間板ヘルニアによる)および様々な代謝性神経障害(末梢神経系障害: 末梢神経障害の原因を参照 表 1: )がある。機序はおそらく様々であるが,再生神経上のナトリウムチャネル数増加が関与すると考えられる。

中枢性神経障害性疼痛症候群は,中枢の体性感覚処理過程の再編成が関与すると考えられる;主なカテゴリーは求心路遮断痛と交感神経依存性疼痛である。両者は複雑であり,おそらく関係があるが,実質的には異なる。


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求心路遮断痛は,末梢あるいは中枢の求心性神経活動の部分的または完全な遮断による。例えば,帯状疱疹後神経痛,中枢性疼痛(中枢神経損傷後の疼痛),幻肢痛(切断された身体部分の領域で感じられる痛み)である。機序は不明だが,活性化閾値低下と受容野拡大を伴う中枢ニューロンの過敏化が関与すると考えられる。

交感神経依存性疼痛は,遠心性交感神経活動に依存する。複合性局所疼痛症候群はときに交感神経依存性疼痛を伴う。神経障害性疼痛のその他のタイプは交感神経依存性要素を有する可能性がある。機序にはおそらく,交感神経と体性神経の異常な結合(エファプス),局所炎症性変化,ならびに脊髄の変化が関与する。

症状と診断

異常感覚(自発性あるいは誘発性の灼熱痛に,しばしば電撃痛が重複する)は典型的だが,深部痛やうずくような痛みもみられる。別の感覚―例,知覚過敏,痛覚過敏,アロデイニア(非侵害刺激による疼痛),ヒペルパチー(特に不快で過剰な疼痛反応)―も起こりうる。中枢神経系が過敏になり再構築されているため,症状は長期間続き,典型的には根本原因(もし存在するなら)解決後も持続する。

神経障害性疼痛は,神経損傷が既知かどうか疑われる場合には典型的症状から示唆され,原因(例,切断,糖尿病)は容易に明らかになりうる。そうでない場合には,診断はしばしばその訴えから推測される。交感神経ブロックで改善される疼痛は,交感神経依存性疼痛である。

治療

診断,リハビリテーションおよび心理社会的問題に配慮を欠く治療では,成功の可能性は限られる。末梢神経病変では,栄養変化,廃用性萎縮,関節強直の予防に運動が必要である。圧迫の軽減に手術が必要なこともある。心理的因子は治療開始時から常に考慮せねばならない。不安や抑うつは適切に治療せねばならない。機能障害が確立している場合は,ペインクリニックによる包括的アプローチが患者に有効となりうる。

いくつかのクラスの薬物は中程度に奏効する(疼痛: 神経障害性疼痛に対する薬物表 4: 参照)が,完全あるいは完全に近い緩和の可能性は低い。抗うつ薬および抗痙攣薬は最もよく使用されている。有効性の証拠は,数種の三環系抗うつ薬および抗痙攣薬のガバペンチンについては強いが,比較的新しい(そして忍容性が優れた)抗うつ薬,ならびに他の多くの抗痙攣薬については弱い。


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オピオイド鎮痛薬は,ある程度の緩和をもたらしうるが,侵害受容性疼痛に対するほどの効果はない;副作用により十分な鎮痛が阻害される。外用薬およびリドカイン含有パッチは末梢性症候群に有効なことがある。交感神経遮断は,複合性局所疼痛症候群の患者の一部を除き,通常は有効ではない。

複合性局所疼痛症候群

(反射性交感神経性ジストロフィおよびカウザルギー)

複合性局所疼痛症候群は,軟部組織か骨の損傷後(Ⅰ型)に,または神経損傷後(Ⅱ型)に発生し,原組織損傷と不釣り合いな強度および期間で持続する慢性神経障害性疼痛である。他の症状には,自律神経性変化(例,発汗,血管運動異常),運動性変化(例,脱力,ジストニア),栄養変化(例,皮膚または骨の萎縮,脱毛,関節拘縮)がある。診断は臨床的に行う。治療としては,薬物投与,理学療法,交感神経遮断を行う。

以前は,複合性局所疼痛症候群(CRPS)I型は反射性交感神経性ジストロフィとして,II型はカウザルギーとして知られていた。両型とも若年成人に最も好発し,女性のほうが2,3倍多い。

病因と病態生理

CRPS I型は典型的には損傷(通常は手または足の損傷)の後に起こり,挫傷後,特に下肢に最もよくみられる。急性心筋梗塞,脳卒中,癌(例,肺,乳房,卵巣,中枢神経系)に続発することもある;患者の約10%では原因不明である。CRPS II型はI型と類似しているが,末梢神経への明らかな損傷がかかわる。

病態生理は不明だが,末梢の侵害受容器,ならびに,神経ペプチド(サブスタンスP,カルシトニン遺伝子関連ペプチド)の中枢性感作および放出が,疼痛と炎症の持続を促進する。交感神経系は,他の神経障害性疼痛症候群よりCRPSに関係が深い:中枢性交感神経活動が増大し,末梢の侵害受容器がノルエピネフリン(交感神経伝達物質)の感作を受ける;これらの変化が,発汗異常や血管収縮による血流低下を引き起こしうる。にもかかわらず,患者の一部しか交感神経への操作(すなわち,中枢性または末梢性交感神経遮断)に反応しない。

症状と徴候

症状は大きく異なり,1つのパターンに従わない;感覚異常,限局性の自律神経(血管運動あるいは発汗)異常,運動異常を含む。


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疼痛(灼熱痛,うずく痛み)がよくみられる。1本の末梢神経の分布に一致せず,環境変化や感情的ストレスにより悪化しうる。アロデイニアと痛覚過敏が起こることがある。しばしば疼痛によって患者の肢の使用が制限される。

皮膚の血管運動性変化(例,赤,斑状,あるいは青白い色;皮膚温の上昇あるいは低下),発汗運動の異常(乾燥皮膚,あるいは発汗過多の皮膚)がみられることがある。浮腫はかなりの程度であり,限局性となる。他の症状には,栄養異常(例,光沢のある萎縮皮膚,爪の割れあるいは過度な伸長,骨萎縮,脱毛)および運動異常(脱力,振戦,攣縮,指が屈曲固定されるか足の内反尖足位を伴うジストニア)がある。可動域はしばしば制限され,ときには関節拘縮に至る。症状によって,切断肢への義肢の取り付けが妨げられることがある。

心理的苦痛(例,抑うつ,不安,怒り)がよくみられ,これは,未解明の原因,有効な治療の欠如,長い経過により助長される。

診断

診断は臨床的に行う。標準的基準として,疼痛(通常は灼熱痛),アロデイニアまたは痛覚過敏の発生;限局性自律神経調節不全(血管運動あるいは発汗の異常);症状を説明しうる他の疾患が認められないことが必要となる。他の疾患が存在するなら,CRPSの可能性があるか,考えうるとみなすべきである。

浮腫,栄養異常,または罹患部の温度変化といった,その他の症状および所見が診断の裏付けとなりうる。臨床的評価が不明確な場合や所見が診断の確立に役立つと思われる場合は,皮膚温図検査(サーモグラフィー)を使って皮膚温の変化を記録してもよい。骨の変化(例,X線写真上の脱石灰化,もしくは3相放射性核種骨スキャン上の取り込み増加)も検出されることがあるが,通常は診断が不明確な場合にのみ評価する。

画像診断は,CRPSでない患者においても外傷後異常となることがあるため,特異的ではない。

診断と治療に交感神経ブロック(頸部星状神経節あるいは腰部)を利用してもよい。しかしながら,全てのCRPS疼痛が交感神経依存性ではなく,神経ブロックは非交感神経線維も影響しうるため,偽陽性および偽陰性結果がよくみられる。交感神経病変の別の検査として,生理食塩水(プラセボ)あるいはフェントラミン1mg/kgを10分かけて患者の静脈内に注入しながら,疼痛スコアを記録する;プラセボではなくフェントラミン投与後に疼痛が軽減すれば,交感神経依存性疼痛が示唆される。

予後と治療


予後は様々で,予測は困難である。CRPSは寛解することもあれば,何年も安定したままであることもある;少数の患者では進行して,身体の他の部分に波及する。

治療は,特に遅く開始された場合は,複雑で,しばしば不十分である。治療では薬物,理学療法,交感神経遮断,心理療法,神経調節を行う。対照試験は少ししか実施されていない。

三環系抗うつ薬,抗痙攣薬,コルチコステロイドなど,神経障害性疼痛に用いられる薬物の多く(疼痛: 神経障害性疼痛に対する薬物表 4: 参照)を試してもよいが,より優れていると判明しているものはない。オピオイド鎮痛薬による長期治療は,特定の患者には有用となる。

交感神経依存性疼痛を有する一部の患者では,局所交感神経遮断が疼痛を緩和するため,理学療法が可能である。経口鎮痛薬(NSAID,オピオイド,様々な鎮痛補助薬)も,リハビリテーションが可能になるほど十分に疼痛を緩和しうる。

神経調節では,埋め込み型脊髄刺激装置の使用が増えつつある。経皮的電気神経刺激(TENS)は,様々な刺激パラメータで複数の部位に適用し,長期間試用してみるべきである。神経調節の他の方法には,罹患部位を強くさすること(反対刺激)や鍼がある。他より効果の高い神経調節の型は判明しておらず,また,ある型に対して反応不良であっても,別の型に対して反応不良とはならない。オピオイド,麻酔薬,クロニジンの脊椎注入が有用なこともあり,また,髄腔内バクロフェン投与は少数患者でジストニアを軽減している。

理学療法は必須である。目標には,可動化,強化,可動域の増大,職業的リハビリテーションを含む。

最終改訂月 2007年2月

最終更新月 2005年11月



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